【初入閣】西村康稔の経歴と家族(妻と父親)は?養父は吹田愰議員!

【初入閣】西村康稔の経歴と家族(妻と父親)は?養父は吹田愰議員!

西村康稔議員は、9月11日に『内閣官房副長官』として第4次安陪改造内閣に初入閣いたしました。

西村康稔議員といえば安陪総理の側近としてもよく見かけます。

今回は西村康稔議員の経歴・家族(妻・父親)、養父である吹田愰議員についても書いて行こうと思います。

 

スポンサーリンク

西村康稔の経歴は?

兵庫県明石市生まれた西村さんのご実家は時計店で、父親はサラリーマンをしておりました。

神戸大学附属明石中学校』、『灘高等学校』に進学し、『東京大学法学部』を卒業しており、1985年に『通商産業省入省』されます。

その後経済企画庁への出向や、『石川県商工課長』を経て、アメリカ合衆国の『メリーランド大学大学院』で『国際政治経済学』を専攻し、1992年5月に修士号を取得しました。

1999年に通商産業省環境立地局調査官を最後に退官し、退官後は、原健三郎元衆議院議長の秘書を務めております。

2000年の第42回衆議院議員総選挙に、引退する原の地盤を引き継ぎ無所属で兵庫9区から出馬しましたが、自由民主党公認の宮本一三に敗れ、落選しました。

2003年、第43回衆議院議員総選挙に再び無所属で兵庫9区から出馬し、前回敗れた宮本を下して初当選。無所属の新人議員5人で院内会派「グループ改革」を結成後、自民党に入党し、森派(当時)に入会。

2005年の第44回衆議院議員総選挙では、新党日本公認の宮本、民主党公認の畠中光成を破り再選し、2006年に自民党内閣部会産業・地域再生小部会長に就任されます。

2008年8月、福田康夫改造内閣で『外務大臣政務官』に任命され、『麻生内閣』まで務めます。

2009年の第45回衆議院議員総選挙では自民党に逆風が吹く中、国民新党公認の宮本を兵庫9区で6万票超で破り、3選。兵庫県の12の小選挙区の当選者のうち、西村が唯一の自民党公認候補であり、総選挙後は自民党兵庫県連会長に就任。

同年9月、自由民主党総裁選挙に町村派の一部議員から推される形で出馬(総裁選出馬に際し、町村派を退会した)したが、谷垣禎一に敗れました。

選挙後に発足した第2次安倍内閣において内閣府副大臣(経済再生、社会保障・税一体改革、TPP、経済財政、拉致問題、防災、死因究明)に任命された。2013年2月、2009年に退会した町村派に約3年半ぶりに再入会します。

2014年9月3日、第2次安倍改造内閣で内閣府副大臣に再任。2014年12月の第47回衆議院議員総選挙で5選。

2016年1月4日、衆議院内閣委員長に就任。

2016年8月、自民党総裁特別補佐に就任。併せて、筆頭副幹事長、選対副委員長に就任。

2017年8月3日、第3次安倍第3次改造内閣において、政務担当の内閣官房副長官に起用される。

『内閣官房長官』という重要なポジションに起用されていることから安倍総理の側近に相応しい人物であるといえます。

 

西村康稔の家族は?

 

西村さんは奥さんと娘さんが3人の5人家族です

 

 

※引用元 http://www.yasutoshi.jp/profile/

このときは2008年なので、約10年前の写真になりますが、写真を見る限りとても仲の良い素敵な家族写真です。

モザイクでお子さんの顔は隠れてはいますが、モザイク越しでもその笑顔を確認することが出来ます。

娘さんたちの現在の年齢が何歳なのかは不明ですが、この写真を見る限りですと、三女が6歳くらいで、長女は9歳くらいだと思うので、現在の年齢が10年後だという事を考慮すると16歳~20歳前後である可能性が高いと思います。

ちなみに西村さんの奥さんは養父である『吹田愰』さんの娘である『西村(吹田)信子』さんです。

信子さんのご実家は『山口県田布施町』にあるそうですね

 

この画像を見る限りでも見事な田園風景が広がっています。

これだけまわりが田んぼだらけのところで生活していると、都会で生活するよりも心も体も豊かになりそうですよね!

 

まとめ

 

西村康稔議員は安倍総理の側近として相応しい経歴を過ごしていて、妻は吹田愰議員(故)の娘さんである吹田信子さんでした。

 

 

スポンサーリンク

政治カテゴリの最新記事